大阪地方裁判所 昭和44年(わ)1527号 判決 1969年12月12日
主文
被告人安立宏を懲役二年に、被告人岸本久三郎を懲役一年に各処する。
被告人安立宏に対し、未決勾留日数中六〇日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から、被告人安立宏に対し三年間、被告人岸本久三郎に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人岸本久三郎の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人安立宏は、
第一(一) 康福寿所有の普通乗用自動車でドライブに誘った田中敏子(当時二一年)を強姦しようと企て、昭和四四年五月九日午前一時ごろ同女が乗車したままの右自動車を被告人岸本久三郎に運転させて、同女を大阪府茨木市大字福井三〇番地の一付近の山中に連れ込み、同所に駐車中の右自動車内において同女を後部座席に押し倒し、同女の顔面を数回殴打するなどの暴行を加え「ここまで来て何を言うのや。させないと只では置かないぞ。」などと申し向けて脅迫し、同女の反抗を抑圧して強いて同女を姦淫した。
(二) 被告人岸本久三郎および康福寿が判示第二(一)の犯行をなすにあたり、同月八日午後一一時ごろ京都市右京区梅津大繩場町二一番地一八号レストラン松尾前付近において、人目につかぬ犯行の容易な場所として茨木カントリーを教示し、同所から犯行現場である判示第一(一)記載の場所付近に至るまで山田緑を乗車させたままの前記自動車を運転する被告人岸本久三郎に対し茨木カントリー付近に行く道を指示し、もって被告人岸本久三郎の判示第二(一)の犯行を容易ならしめてこれを幇助した
ものである。
被告人岸本久三郎は、
第二(一) 康福寿と共謀のうえ、前記田中敏子とともにドライブに誘った山田緑(当時一九年)を強姦しようと企て判示第一(一)と同様の方法で同女を同記載の日時、同記載の場所に連れ込み、被告人岸本久三郎において同所に駐車中の同自動車の中から畏怖している同女の腕を引っ張って車外に連れ出し、約六〇メートル上の山中に連れて行き、同女に強く抱きつき接吻しようとしたが、同女から拒まれるや秘かに好意を懐いていた同女から「私はあなただけは信用しているの。何もしないわね。」と哀願されていたので急に同女を強姦するのが可哀そうになって中止し、その目的を遂げなかった
(二) 被告人安立宏が判示第一(一)の犯行をなすにあたり、同月八日午後一一時ごろ京都市右京区梅津大繩場町二一番地一八号レストラン松尾前路上から前記第一(一)記載の場所まで、前記田中敏子を乗車させたままの前記自動車を運転し、同所で駐車中の前記自動車から同乗していた山田緑を車外に連れ出し、もって被告人安立宏の判示第一(一)の犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(被告人安立宏の山田緑に対する行為および被告人岸本久三郎の田中敏子に対する行為を正犯とせず、幇助犯と認めた理由等)
検察官は、田中敏子に対する強姦罪、山田緑に対する同未遂罪につき、被告人両名は康福寿とともに、それぞれ共同正犯の刑責を負う旨主張する。そこでその当否を検討するに、前掲各証拠を綜合すれば、被告人両名および康は、本件被害者田中および山田を判示自動車に乗車させたまま京都府嵐山までドライブに行きその帰路判示の犯行現場に立寄って判示の各強姦行為に及んだものであるが、その間被告人安立が山田に対し、被告人岸本が田中に対してなした各行為はそれぞれ判示第一(二)および第二(二)に記載したものに過ぎないものであって、右各所為をもって被告人安立が山田に対する関係において、被告人岸本が田中に対する関係において強姦罪の共同実行行為をなしたものとは言うことはできない。
そこで、いわゆる共謀共同正犯の成否を考えるに、共謀共同正犯が成立するには、被告人岸本につき田中に対する関係において被告人安立と、被告人安立につき山田に対する関係において被告人岸本とそれぞれ共同して強姦の実行行為をなす意思即ち共同加功の意思と、各被害者に対する強姦罪を行うため共同意思の下に一体となって互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議即ち共謀が存することが必要である。そして、右の共同加功の意思は、自ら直接犯罪を実行する場合の外は、他の者の行為を自己の犯罪意思の実現として利用したと見るに足りる特別の事情ある場合に限りこれを認めるべきである。
前掲各証拠を綜合すれば、被告人両名および康は前記田中および山田をドライブに誘って嵐山に行く途中、京都市下京区堀川七条西入ル八百屋町永井石油西本願寺前給油所便所内において右田中および山田を強姦することを話し合ったが、この時既に被告人安立は右田中を、被告人岸本および康は右山田をそれぞれ強姦することを決めており、本件犯行現場においても右当初の決意に従い、被告人岸本は山田を強姦すべく自動車内より山田を引き出して約六〇メートル上の山中へ連れ去り、被告人安立はそのまま自動車内において田中に対する強姦行為を開始したのであって、被告人安立が山田を被告人岸本が田中を強姦する意思を有していたものとは認められない。
本件被告人安立の山田に対する所為、被告人岸本の田中に対する所為はいずれも自ら各被害者を強姦しようとの意思の下に出た行為でないことは勿論、他人の行為を自己の意思の実現として利用したと見るに足る特別の事情の存在も認められないのであるから、被告人安立において山田に対し、被告人岸本において田中に対し、各強姦をなすことにつき共同加功の意思は存在せず、従って共謀もないものと言わねばならない。よって、被告人安立の所為は被告人岸本の山田に対する強姦行為を、被告人岸本の所為は被告人安立の田中に対する強姦行為をそれぞれ容易ならしめる意思に基づき実行行為以外の行為により幇助したものに過ぎないと言うべきであるから、いずれも幇助行為であると認めるのが相当である。
なお、本件公訴事実中、被告人安立が康と共謀のうえ、康において田中を強姦しようとし、その目的を遂げなかったとの点については、康において実行の著手があったと認められず、結局犯罪の証明がないことに帰し、判示第一(一)の罪と接続犯の関係にあるとして、起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
(被告人岸本の山田に対する行為を強姦の著手と認めた理由)
被告人岸本の弁護人は、同被告人が山田に対して強姦する故意はなく、強姦行為の著手もなかったと主張するが、≪証拠省略≫を綜合すれば、同被告人は康と共謀のうえ、被害者山田を強姦しようと企て、右山田を乗せた自動車を田舎道に乗り入れ同女が不安を感じて、「早く帰して。」と頼むのを構わず、深夜人里離れた山中に連行し、畏怖している同女の腕を引っ張って自動車から降ろし約六〇メートル上の山中に連れて行き、同女に強く抱きつき接吻しようとしたことが明らかであるから、右犯行の時刻場所、右山田の畏怖している状況等を考え合わせると右山田の腕を引っ張って自動車から降ろした時において、それまでの被告人らの行為によって強度に畏怖していた同女に対し、右畏怖に乗じて姦淫しようという意思の下に強姦の実行行為に出たものと言うべきであって、右のように認定しても合理的な疑を差しはさむ余地はない。
従って被告人岸本の弁護人の主張はいずれも理由がなくこれを採用しない。
(法令の適用)
被告人安立の判示第一(一)の所為は、刑法一七七条前段に、判示第一(二)の所為は同法六二条一項、六〇条、一七九条、一七七条前段に、被告人岸本の判示第二(一)の所為は同法六〇条、一七九条、一七七条前段に、判示第二(二)の所為は同法六二条一項、一七七条前段に各該当するが、被告人安立の判示第一(二)および被告人岸本の判示第二(二)の各罪はいずれも従犯であるから同法六三条、六八条三号により、被告人岸本の判示第二(一)の行為は中止未遂であるから同法四三条但書、六八条三号によりいずれも法律上の減軽をし、以上はいずれも同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により被告人安立については重い判示第一(一)の罪の刑に同法一四条の制限内で、被告人岸本については犯情の重い判示第二(一)の罪の刑に法定の加重をした各刑期の範囲内で、被告人安立を懲役二年に、被告人岸本を懲役一年に各処し、被告人安立に対し同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から被告人安立に対し三年間、被告人岸本に対して二年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用について、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを被告人岸本に負担させることとする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本久己 裁判官 和田忠義 北野俊光)